「師範、失礼しま――」<br>「――!」<br>「……」<br> 夜九時。<br> 明日は久しぶりに、師範と二人でのお稽古の日。楽しみで気が逸ってしまっている。待ちきれなくって、思わず明日のことをお話したくなった私は、珍しくこんな時間に師範のお部屋まで来てしまった。……んだけど。<br>「カ、カナヲ……?!」<br>「……」<br>「し、失礼しましたっ」<br>「カナヲっ!」<br> 師範の扉を開けて、そしてすぐに閉じた。<br> 見てはいけないものを見てしまった。私はスタスタと部屋を出て歩き出した。<br> 師範の部屋の中で見たもの。師範と……水柱の冨岡さんが、抱きしめあって、そして接吻をしていた。<br> そういう話題の知識が乏しい私でも、元々二人が浅からぬ仲だということは知っていた。一緒にいるところもよく見かけた。蝶屋敷に冨岡さんが来るという時には師範はよく唇に紅を差していたし、時折化粧をしているのも知っていた。そんな二人がまさか、部屋で抱き合い、接吻している所を目撃してしまうだなんて。私は師範の部屋を後にして、そして――<br>「カナヲ、待ちなさい」<br>「――師範」<br> 師範に肩を掴まれて足を止めた。<br><br><br><br>「……まぁ、その。そういうことだから、逃げることはないのよ。わかった?カナヲ」<br>「……」<br>「そうでしょう?義勇さん」<br>「……」<br>「あぁもぉ、二人ともだんまりにならないでよ!これじゃあ私だけが恥ずかしいじゃない!」<br>「……」<br> 師範の部屋に引き戻された私は、状況説明の後にと口止めをお願いされた。そうよね。鬼殺隊が誇る柱の二人がお付き合いをしているなんて、他の隊員達に知られたら示しがつかないかもしれないし、何より恥ずかしいのだと思う。<br>「それにしても、まさか見つかると思わなかったわ」<br>「……ごめんなさい。つい師範とお話がしたくなって」<br>「そう。カナヲが自分からお話をしたいと思ってくれるだなんて、嬉しいわ」<br>「でも、お邪魔をしてしまった」<br>「邪魔ではない」<br> 冨岡さんが言う。<br>「お前が入ってきても、俺と胡蝶の接吻には影響なかった。だから問題ない」<br>「義勇さん……あなた、もうちょっと言い方ってものがあるでしょうが」<br>「そうか。俺には問題ないように思えたが」<br>「問題ない、ですか。それもそうですね、義勇さんには恥ずかしいという感情自体無さそうですもんね……」<br>「(心外!)」<br>「……」<br> 師範と冨岡さん、仲が良いんだなぁ。冨岡さんといる時の師範、いつもよりもさらにかわいい。冨岡さんも、いつも何を考えているのかよくわからない人だけれど、心なしかいつもよりやさしい印象を受ける。<br>「変な所を見せてしまってごめんね、カナヲ」<br>「いえ……」<br>「ところでカナヲ。あなたはどうなの?」「<br>「?……どう、とは?」<br>「炭治郎くんと」<br>「……?!」<br> どうしてそこで炭治郎の名前が出てくるのかわからない。だけど、炭治郎の名前を出されるだけで私お顔は赤くなってしまう。<br>「気になっているんでしょう?炭治郎くんのこと。わかってるのよ」<br>「……そんな」<br>「フフフ、赤くなっているのがその証拠よ。カナヲも変わるものね。姉さんの言う通りだったわ」<br>「……」<br>「まぁ、カナヲと炭治郎くんは私達のような関係とはまだ違うから、接吻したりはないでしょうけど……いずれはするかも、ね」<br>「い、いずれは……」<br> 想像する。<br> さっき見た冨岡さんと師範の姿を。<br> 抱きしめあって、見つめ合って、そして――<br> 唇を重ね合っていた。<br>「……」<br>「フフフ、カナヲったら真っ赤になっちゃって。かわいいわね」<br>「……」<br>「大丈夫よ。接吻したからって何か変わるものでもないわ。お互いの気持ちを確かめ合うだけだもの」<br>「お互いの、気持ち……」<br>「いや、変わるぞ」<br>「義勇さん?」<br>「接吻をすると、胡蝶の紅が口につく。それが変化だ」<br>「義勇さん……」<br>「……」<br> と、冨岡さんの言葉はともかくとして、接吻かぁ……こうして炭治郎と、その、する所を想像するだけで真っ赤になってしまう私に、そんなことが出来るんだろうか。<br>(炭治郎……)<br> 幸いなことに炭治郎はいまは蝶屋敷に滞在しているので明日会うことが出来る。師範の言葉のせいで、明日炭治郎と会ったら、嫌でも意識してしまいそう。<br>「フフフ、義勇さん。カナヲったら意識しちゃってかわいいですね」<br>「そうだな。だが胡蝶。お前もかわいいぞ」<br>「んなっ……」<br>「おい胡蝶。なんで殴るんだ」<br>「なんでもです!ふ、不意にそんなことを言うから……」<br>「……」<br> 炭治郎のことで意識がいっぱいになってしまった私は、既に二人の会話が届いていなかった。<br> <br> ◇
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